スランチェ日記

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スランチェ秘話8

 正月休みは、たぶん家でゴロゴロしてたと思う。神社へ出かけて商売繁盛を祈願する・・・という殊勝なこともせず、ビール飲んでたのかな。
 税務署の確定申告書・・・という不気味な茶封筒が、封も開けずに机の上に出しっぱなし。早く片付けたいという気持ちと、チンプンカンプンだろうからメンドクサイなぁという気持ちで避けている。でも私は、何事も締め切りギリギリというのが嫌いなタチなので、正月明けには茶封筒を開封して着手する覚悟を決めた。
 なんだ・・・提出期限は3月だって。まだ、いいや。でも気になるので書類には全て目を通しておく。思ったとおりチンプンカンプン。“減価償却”という単語は聞いたことがあるけれど、自分の人生に関わってくるとは夢にも思わなかった。何だコレ?貸借対照表・・・資産負債・・・?貧乏人の私たちに資産なんかないし、借金もないよ。
 この頃、同じ時期に開店した同業の友人に相談してみたら、
 「売上金や釣銭の中からお金を出してタバコを買ったりしたら“事業主借り”だって。自分の金なのに。借りた覚えはないけどなぁ」
 と戸惑っていた。商売を始めると、店のお金は“店のもの”であって、自分のものじゃなくなるらしい。(この“店”は私のものだよ)と思っても・・・。
 チンプンカンプンな書類をまた茶封筒に戻して放ったらかしにしていたら、私の言動を見透かしていたように、税務署から別な書類が届いた。(え、まだ何か提出する書類があるのかなぁ)と不安になりながら開封すると“税務相談のご案内”というものだった。帳簿のつけかたや申告書の書き方が分からない初心者のために、税理士さんが無料で指導してくれるとのこと。あらかじめ出席日を申し込んでおかなければいけないらしいので、早速ファックスで申し込んでおいた。すると数日後には、いつ、どこに行けばいいのか、という案内がファックスで送られてきた。私は帳簿のつけ方も、申告書の書き方も全く分からないので、両方の説明会に申し込んだ。
 帳簿のつけ方に関しては、十五、六人が集まった事務所で指導を受けた。家賃、水道光熱費、旅費交通費あたりは家計簿と同じだから分かるけど、租税公課だの福利厚生費なんてのは、よく分からない。給与というのは従業員に支払う分であって、経営者の生活費は“事業主借り”だということも、ここで習った。
 日を改めて、今度は確定申告書の書き方を習いに行く。この時は帳簿を持参するようにとの指示があったので、家計簿ソフトのプリントアウトを持参。
 「変わった帳簿ですねえ。どんなソフトを使ってるんですか?」
 「家計簿ソフトです」
 「・・・なるほど・・・」
 オジサンが苦笑していた。
 やっぱり減価償却が分からないのだけれど、開店前の工事費や内装、備品の購入に使った分を5年とか10年に分散して計上するらしい。そうすると税金が抑えられる・・・そうだ。
 「ま、どっちみち税金はかかりませんけどね」
 オジサンは、また苦笑した。失敬な奴だなぁ。でも、それくらい儲かってなかった。色々な計算はオジサンがやってくれたけど、最後に記載された所得金額を見て・・・愕然。サラリーマン時代より、はるかに低い・・・。私の二十代の頃の所得より低い。はぁ〜・・・儲からないもんなんだなぁ商売って。
 「頑張ってください」
 と税務署の税理士さんに励まされ、複雑な心境・・・。どうやら今年の税金は払わなくて済むらしいけど、税金くらい払えるようになってやるさ!と憤慨していた。

スランチェ秘話7

 9月末に開店したものの、10月、11月はずうっとヒマでした。友人、知人だって、そんなに頻繁には来れません。同業者や取引先が紹介してくれたお客さんがボチボチ来てくれる、という程度。
 そんな時にタウン誌の方から取材の申込みがあった。ビールの特集記事を作るとのことで、新しく開店したスランチェも掲載してくれるとのこと。新規開店のコーナーで一度紹介してもらっていた雑誌なので、担当者の目に止まったのかもしれない。
 飲食店営業の指南書には、雑誌の編集部宛に自店の写真やメニューを同封した手紙を送って取材をお願いするといい、と書いてあったけど、何だか気後れしてしまって出せないでいた。そんなところに向こうから取材依頼が来たというのは本当にラッキー。
 一ページを割いた写真入りの記事は、やはり効果抜群。ちょうど年末が近づく時期でもあったので、忘年会の二次会の予約なんて電話もかかってくるようになった。後々、常連さんになってくれたのは、この頃に来店してくれたお客様が多い。

 12月に入って、同業の友人たちは“クリスマス・メニュー”を用意し始めたり、ツリーやイルミネーションで飾り付けを始めたりしていたので、私たちも真似して年末ムードになってみた。
 「12月の客の入りは読めない」
 と先輩店のオーナーが言ってましたが、本当に全くヒマな日があったり、集中的にお客様がいらして入りきれなかったり・・・。軌道に乗った頃の売上と比較したら半分くらいしかなかったけれど、何だか、すごく忙しく感じた。というのは、忘年会シーズン、ボーナス後、仕事納めの日など、お客様の数が多いわけではなくても、遅い時間までゆっくり飲んでいかれるため朝方まで営業していた日も、けっこうありました。
 先輩店に習って12月は無休で営業し、大晦日の日はカウントダウン・パーティをやって三が日は休みということにした。あぁやっと休める・・・と思ったけれど、税務署から届いた確定申告の書類の束が気になる。やったことないから分かんない。ま、休みに入ってから、じっくり悩もう・・・。
 この頃には、何処へ行っても領収書やレシートをもらってくる習慣がついてました。帳簿なんかつけたことないので、パソコンの家計簿ソフトで管理していた。現金しか扱ってなかったし、売り掛けも買い掛けもなかったから、お小遣い帳をつける程度の帳簿。後には会計ソフトで管理するようになったけれど、家計簿ソフトも使い続けていた。分かりやすいんだもん。

スランチェ秘話6

 2001年9月27日(金)ついにスランチェ開店!
 とはいえ、お客さんなんていないんです。お花だけは届いた。ビールを仕入れたエチゴビールさん、小樽ビールさん、酒屋さん、ビルのオーナー、数人の友達や家族から。
 当時の開店は夕方5時から。誰も来ないから、夫と二人で、かわりばんこに“お客さん”ゴッコしていた。
 そこへ来たー!!見知らぬ、本物の、お客さん。
 「いらっしゃいませ」
 (誰だろう。どうして分かったんだろう・・・)とドキドキしながら、メニューを手渡す。
 「麦酒停で教えてもらったんですよ」
 (あぁなるほど・・・)
 開店日から1週間は全品半額にしたんだっけなぁ。
 8時を過ぎた頃から次々と人が入ってきて、慣れない私はオロオロしながら注文を聞き、ビールを注ぎ、意味もなくカウンターを拭いたり、洗ったグラスをまた洗ったり・・・と無駄に動くことで緊張をごまかしていた。幸いアメリカ人の夫は人なつこく話し好きなので、下手糞な日本語で接客してくれていた。ま、ビールに関する質問なら、どんなことでも大丈夫。プロの醸造士ですからね。
 そのうち心配して来てくれた私の家族やら、同じビルの同業者やらも来てくれて、なんとか満席になった。満席ったって、14席しかないカウンター・バーですけどね。
 初日に来てくれたのが誰だったのか、どんな話をしたのか、もう記憶にありません。とにかく、お客さんが来てくれた。実を言うと内心では
 (げっ!来ちゃったよ、お客さんだ。どうしよう)
 って感じでした。でも、すごく嬉しくて楽しかった記憶だけは残ってます。金曜日だったこともあり、閉店時間の12時を過ぎても営業していたと思います。
 自分たちは、すごく忙しく働いたような気がしたけれど、そんなに忙しくなかったのかもしれない。とにかく、そんなことを考える余裕はありませんでした。
 記憶は曖昧だけど、私たちのことだから閉店後に麦酒停かどこかに飲みに行ったかも。疲れて帰宅したかも。
 ま、とにかく始まっちゃった。
 開店日に届いた花の写真だけが残っています。バックに写ってる店内を見ると、なんともサッパリしているんですよね。飾り物も少なかったし、棚に並ぶアルコールの種類も少ない。確かメニューも片面1枚の簡単なものだった。おしぼりも出してなかったし、お通しもなかった。

スランチェ秘話5

 飲食店を開業する時には保健所で講習を受けて“食品衛生責任者”の資格を取る必要があります。調理師免許を持ってるから必要ないと思っていたら、開業後に保健所から注意を受けたという同業者がいました。ま、それですぐ営業停止になるわけではないけれど、食品衛生責任者がいないまま営業を続けていれば罰則があるはずです。
 店舗の内装工事が終わったら、保健所の立ち入り検査もあります。手洗いのシンクがあるか、石鹸や手拭きが用意されてあるか、食器棚には戸がついているか、など衛生面をチェックされるわけです。
 あとは税務署に開業届けも提出しておかないと、脱税容疑がかけられるでしょう。
 消防署の立ち入り検査というのもあって、非常出口や避難階段があるかどうか、消火器を置いてあるかを見に来ます。
 そんな事務手続きもしながら開店準備を進めていくわけですが、テナントの賃貸借契約を結んだ日から家賃が発生しているので、一日も早く開店したい。
 スランチェの賃貸借契約は9月1日から。鍵をもらって作業を進めていたら、どんどん日にちが過ぎていく。ペンキ塗りの地図は未完成だったし、メニューも中途半端だったけど、もうやっちゃえ!って開店日を9月27日と決めました。
 開店告知の葉書を出す相手は知人、家族くらいのもの。あとは仲良くなった同業者や仕入れ業者に挨拶として葉書を出した。
 開店の時に仕入れたビールは、ギネスと、アメリカのローグエール、新潟のエチゴビール、小樽ビールでした。ギネス以外は全て夫が醸造に携わったビール会社の製品でしたので、自信を持ってお勧めできる。自分たちが好きなビールばかりだったので、
 「サーバーの具合を見るため」
 「注ぎ方の練習をするため」
 などと言い訳しつつ自分たちで随分と飲んだ・・・。

スランチェ秘話4

 内装のペンキ塗りなどは午後から夕方まで黙々とやってました。スランチェのテナントは雑居ビルでしたので、夕方になると他のお店が営業を始めます。ペンキの匂いや騒音は迷惑になるので、夕方からは掃除とか飾りつけとか、音や匂いの発生しない作業に切り替え。
 でも空きテナントでゴソゴソ作業していると、覗いて行くお客さんがいます。同じフロアには他に5件のバーやスナックがあったので、そこの従業員やママさんたちとも顔を合わせる。
 新装開店の手引書には、
 「隣近所の人たちは重要な顧客になり得るので、早めに挨拶するように」
 と書いてあったので、私たちは素直に菓子折りを持って挨拶に行きました。
 「いつ開店するの?」
 「どんな店?」
 と皆さん興味を持って見てくれています。

 作業をしていると、どこからか良い匂いが漂ってくる・・・。同じフロアには食べ物屋さんはないのだけれど、上の階には焼き鳥屋さんがあって、そこから誘惑的な香り。
 「ね、今日はここまでにして、焼き鳥を食べに行こうよ」
 というワケで階段を上って、いい匂いのする店へ。なんとも気さくな店主とは、すぐに打ち解けた。以来いい友人として今でもおつきあいしています。
 同じフロアのバーにも、ちょくちょく行ってアドバイスを頂いた。新規開店の場合、タウン誌が無料で広告を出してくれる、なんてことも教えてもらって紹介してくれました。
 その頃は単に食事のため、休憩のために訪れていた御近所さんたちだけど、開店してからお客さんを紹介してもらったり、紹介してくれたタウン誌の広告のお陰でお客さんが増えたりと非常に助けてもらえた。スランチェの常連さんたちというのは、この頃に来てくれた方々と、その方たちが連れてきてくれた方々。お客さんっていうのは、こんな風に増えていくものなのか・・・と感動しました。
 「○○さんに聞いて来ました」
 と言ってくださると、初めてのお客さんでもすぐに打ち解けられるんです。共通の話題も見つけやすいですしね。何といっても客商売が初めての私たちにとって、紹介で来店してくれるお客様ほど安心できて嬉しいものはありませんでした。

 同業の先輩たちから教わったことは、本当に貴重でした。例えば開店前にはメニューを考えなければいけないけれど、値段のつけかたが分からない。原価に対してどれくらいの料金を頂いたらいいのか・・・。相場と言っても業態や店の雰囲気によって変わってくるし。
 スランチェは高級店ではないけれど、学生さんが集うような若者の店でもない。イメージしていた客層というのは、30〜40代くらいの落ち着いた年代層。でも、ビール専門店だから、カジュアルで親しみ易い和気藹々とした雰囲気になるような楽しい人たちがいいなぁ・・・なんて感じ。そういう人たちにとって“適正な価格”なんてのは分からない。なんとなく先輩店の価格帯を参考にしてみた。開店してから、お客さんに
 「安くていい!」
 と言われる度に(安すぎたかなぁ)・・・と思ったのは開店後だいぶ経ってから。素人は、お客様からお金を頂く、ということに遠慮してしまうんですよね。だからそこ、お支払いに対して心から
 「ありがとうございます」
 が言えるのだけれど(こういう商品を、こういうサービスで提供しているから、こういう価格です)と自信を持って提示できることも大事だったと、今になって思う反省点です。飲食業界で働いてきた人には分かることでしょうけどね。

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